てある中で式部は机に向って書きものをしている。老侍女は縁で髪を梳《す》きかけている。隣の庵室には上手を向いて老いさらばった老僧が眼を瞑《つむ》って端座している。虫の声。)
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老侍女(髪を梳き終って道具を片付けながら)「ああ、やっとこれで気持ちよくなりました。なにしろ年をとりますと禿げますせいか、頭が始終、痒《か》ゆうございまして、時ならないときに梳き度くなるのでございます。ほんとに我儘をさせて頂いて申訳ございません。(手をついて礼をして)お蔭さまで気がせいせい致しましてございます」
式部(筆を持ったまま)「なにも、そう一々、鹿爪《しかつめ》らしく御叩頭《おじぎ》には及ばないよ。御殿で勤め中と違って、私宅で休暇中なのだから、まだ外に、したい事は何なりと思いつくままにするがよろしいよ」
老侍女「有難うございます、いえもう、自由にはとっく[#「とっく」に傍点]にさせて頂いておりまして、この上、そうそうは余り勿体のうございます」
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(妙な美男、上手より登場、急いで、在るか無きかの築地垣の陰に屈み込む)
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