ゞこれだけの自分ではといふやうな不満が覚えられて莫迦々々《ばかばか》しい気持になりかけます。けれども思へばその気持もまた莫迦らしく、かうして互ひ違ひに胸に浮ぶことを打ち消すさまは、ちやうど闇の夜空のネオンでせうか。見るうちに「赤の小粒」と出たり、見るうちに「仁丹」と出たり、せはしないことです。するうち屹度《きっと》その人に逢《あ》ふ機会が出て来るのでございます。
 出がけのときは、やれ/\、また重苦しく気骨の折れることと、うんざり致します。逢つて見る眼には思ひの外《ほか》、あつさりして白いものゝ感じの人でございます。たゞそれに濡《ぬ》れ濡れした淡い青味の感じが梨《なし》の花片《はなびら》のやうに色をさしてるのが私にはきつと邪魔になるのでございませう。
 その人は体格のよい身体をしやんと立てゝ椅子《いす》に腰をかけ、右|膝《ひざ》を折り曲げてゐます、いつも何だか判らない楽器をその上に乗せて、奏でてゐます。普通には殆《ほとん》ど聞えません。私は母から届けるやう頼まれた仕立ものを差出します。その人は目礼《もくれい》して受取つて傍の机の上に置きます。そして手で指図《さしず》して私をちやうどその
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