ットがこの部屋へボーイに持たしてよこしたものであることを証明した。あたしは出て行く。でもこれきりであたしはイベットから引込みは仕無い。あたしは死ぬまであいつに張り合う――女の声は低いが喚いたり愚痴に落ちたり止め度も無い。
 小田島は耳ではかなり沁々《しみじみ》女の言葉を聞き乍ら眼の前に燃えるゼラニュウムの花に今さら胸深く羞恥の情を掻き立てられ、それにイベットとの別離の悲しみも心に強く交り合った。
 時計が十時を打った。すると女は突然あらあらしく扉口の方へ出て行った。小田島は少し狼狽《うろた》えて不用意に云って仕舞った。
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――イベットは今夜ここを発ってスペインへ帰るのだよ。もう永久にフランスへ帰って来ないんだよ。
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 振り返った女は顎を突き出し、当の相手が小田島ででもあるかのように云う。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――じゃ、あたしもスペインへ行く。あっちの男をイベットと張り合ってやる!
[#ここで字下げ終わり]

       九

 初秋の午前の陽が、窓から萌黄《もえぎ》色に射し込み、鏡の前にゼラ
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