小田島は、ごくりと一つ生唾《なまつば》を呑んだ。
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――ねえ、イベット。国事探偵なんて君にはあんまり大役ですよ。君はもうそんな危険から抜け出してもっと気楽な身分になりなさい。君の為に遺産の遺言状まで書いて居るお爺さんさえ有る相じゃないか。早く巴里へ行ってそのお爺さんの養女にでもなって気楽な身分におなんなさい。
[#ここで字下げ終わり]
 イベットがそっと眼に当てたハンカチが、涙を拭いて居るように小田島には見えた。
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――有難う。でも何もかももう晩いのよ。私はもうフランスには居られ無いの。国事女探としてフランスの黒表に載って仕舞ったのよ。私送還されるのよ、西班牙へ。そして国元の西班牙へ返されたところで私に探偵を命令した反プリモ党は何時天下を覆《くつが》えされるか判ら無いのよ。どっちみち、塀の前の楡《にれ》の木の下で私が銃殺の刑に会うことは知れ切ったことなのよ。
――イベット、それは本当か?
――ええ、本当ですとも。
[#ここで字下げ終わり]
 イベットは一寸あたりを見廻した。人は居なかった。が、イベッ
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