博に来て居ること。フランス華族社会切っての伊達者《だてもの》ボニ侯爵がアメリカの金持寡婦の依頼で、この土地で欧洲名門救済協会の組織を協議したこと等の記事が眼につく――だしぬけに部屋の扉が開いた。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――御免なさい。あたし、お部屋を間違えたのよ。
[#ここで字下げ終わり]
 薔薇《ばら》色に黄の光沢が滑る部屋着の女が入って来た扉口を素早く締め彼に近づき乍《なが》ら早口に云う。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――あたし、東洋の方、大変、好き。この儘《まま》ここに居さしてね。
[#ここで字下げ終わり]
 小田島は急いでベッドから半身起し、手を振って云った。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――駄目ですよ。僕は真面目な旅行者ですよ。
[#ここで字下げ終わり]
 女は、案外思い切りよくまた扉口へ戻って、云った。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――あんた、もし相手が欲しかったら、四百九十三号室に居るわたしを呼んでね。あたし本当はあなた方の相手するような廉《やす》い女じゃ無いんだけど、すっかりこれでしょう。
[#ここで字下げ終わり]
 女は何の飾も無くなった素の手首を見せて
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――だからあんたから阿片《アヘン》でも貰《もら》って、やけに呑んで見ようと思って。
[#ここで字下げ終わり]
 小田島は苦笑し乍ら云った。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――生憎《あいにく》と僕は支那人じゃ無いのです。
[#ここで字下げ終わり]
 だが、女はまだ疑って居るようだ。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――この土地にはね、死ぬ処を、アッシュや阿片で止めた女が沢山居るのよ。
[#ここで字下げ終わり]

       三

 太陽、大河口。かもめ――ドーヴィルから適当な距離のオンフルール海岸は、ドーヴィル賭博人の敗北の深傷《ふかで》や遊楽者達の激しい日夜の享楽から受ける炎症を癒《いや》しに行く静涼な土地だ。
 レストラン、サン・シメオンの野天のテーブルで小海老を小田島に剥《は》がさせ乍ら、イベットは長い睫《まつげ》を昼の光線に煙らせて、セーヌの河口を眺めて居る。彼女が斯《こ》うしてじっとして居る時は、物を眺めて居るのか、何か考えて居るのか小
前へ 次へ
全28ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング