であろう凄《すご》い美人だ。彼女の眼は硝子《ガラス》張りのようにただ張って居る。瞳を一ミリと動かさずに通りすがりの男の消費価値を値踏みするこの種の女の何れもが持ち合して居る眼だ。
小さい靴の踵《かかと》で馳ける音、それに引ずられて馳ける男の靴の音がして一組の男女がまた玄関から入って来た。小田島は「やあ」と日本語で云って仕舞った――イベットの服装は襞《ひだ》がゴシック風に重たく括《くび》れ、ラップの金銀の箔《はく》が警蹕《けいひつ》の音をたてて居る。その下から夜会服の銀一色が、裳《も》を細く曳いて居る。若《も》し手にして居る羽扇が無かったら、武装して居る天使の図そっくりだ。彼女の面長で下ぶくれの子供顔は、むしろ服装に負けて居る。連《つれ》の男は年老《としと》った美男だ。薄い皮膚の下に複雑な神経を包んで居るようで、何事も優雅で自分へ有利に料理する老獪《ろうかい》さを眼の底に覗かして居る。その眼は大きいが柔い疲れが下瞼の飾のような影になって居る。この老美男を組んだ腕でぐんぐん引立てて来たイベットは、咄嗟《とっさ》に小田島を見たが、すぐ、知らん顔をした。そして五六歩あるき階段へ廻る廊下の角の林檎《りんご》の鉢植の傍まで行くと、老紳士と組んだ腕を解き、右の片手を鉢の縁にかけ、夜会服の裾《すそ》を膝まで捲《めく》る。心得のある老紳士はそっと彼女に背を向け中庭の薄明が室内の電燈と中和する水色の窓硝子に疲れた眼を休ませる。客商売である帳場の者はもちろんこういう時の心得は知って居てそっぽを向く。(小田島ばかりはこういう時の礼儀を知らぬ東洋人であると、しらばくれて居られる特権がある。)彼女が捲った膝の縊《くび》れが沓下《くつした》の端を風鈴草の花のように反《そ》り返らせ、露《あらわ》になった彼女の象牙色の肉が盛り上る其処《そこ》には可愛らしいジャンダークの楯《たて》が刺青《いれずみ》してある。フランス乙女|倶楽部《クラブ》の会員章だ。実はこの刺青を小田島に見せるために、彼女は人前で靴下止めを直す振りをしたのだ。小田島とランデヴウを約束しようとして他人と一緒の時には、いつも彼女はこの可愛らしいふてぶてしい仕草で合図をする。
彼女は小田島が彼女の様子を見届けたのを知ると裳を元通り降して立ち上り、老紳士に云った。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――今日のお昼は小海老《こえ
前へ
次へ
全28ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング