のように見えますよ。あなたのお国の方には前にも五六人以上お会いして相当年配の方も居られたようですが然《しか》し、やっぱり児どものようなところがあるのです。育ち盛りの………。何でも訊き度がりなさるところなぞも」
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老文豪が此の言葉を言った時にちらりと皮肉な様子を口元に見せたがすぐその影は消えて再び親切に努める態度に立戻った。
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――それに引きかえ私達の国の人間を御覧なさい。児どもでも老人のようには見えませんか、青いうちに皺の入った瘠地の杏《あんず》のように。別《わ》けて中産階級の児どもは。犬でも鶏でも、どうも私達の国のものは年寄り染みてるらしいのです。困りましたね」
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いつか新らしく茶を運んで来てまた、夫の傍に坐って居た夫人は此の時ちらりと夫の顔を見た其の瞳にはそれほどまでの話をしなくともと夫を窘《たしな》める様子に見えた。けれども老文豪は信ずるところあるものらしく逆に言葉を強めて言った。
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――一番いけないことは私共英国人の趣味に消極を楽しむという傾向の入って来たことです。それも東洋人の持つような積極的に通ずる徹底した消極趣味というのではたく、五分縮められ、三分縮められて行くことに反抗しながらしかも押し流されて行く、其処に人生の味があるのだと思うようになってしまったことです。退嬰《たいえい》を悲しむうちはまだ脈があります。退嬰を詩に味わうようになったらおしまいです」
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景子は此の文豪の著作の「銀の匙」の趣意を想い出した。「銀の匙」を使い切れぬようになっても銀の匙を思い切って投げ捨てられない未練な英国人を頭に浮べた。宮坂はと見ると、思いがけなく、自国を率直に語る文豪の言葉の真実性に内心驚喜し、彼の味到癖《みとうへき》を傾けつくして其の一句一句を蜜のように貪《むさぼ》り吸っている様子だ。
老夫人はと見るとさぞ渋面作っているであろうと、思いの外、もう峠を越したというふうに晴やかで退屈な顔に戻った。流石に老夫人は夫の習性をよく知っていたのだ。ここまで究極すれば必ず話の筋を救い上げる文豪の心の抑揚をよく知っていたのだ。果してガルスワーシーは言った。
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――だが………」
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