ゃ》にするにも程がある」
すると四郎は、
「白痴だと思って――この子を――玩弄物にするにも程がある」
とおずおず口移しに真似《まね》て言った。不断、お蘭のいうことはすべて賢い言葉だと思って、口移しに真似て見るのが四郎の癖であった。日頃《ひごろ》はそれも愛嬌《あいきょう》に思えたが、今日はお蘭には悲しかった。お蘭は冷水で絞《しぼ》った手拭《てぬぐい》を持って来てやったり、有り合せの蕨餅《わらびもち》に砂糖をかけて出してやったりした。
四郎は怯えも取れて、いつものようにお蘭の側に坐ってどこかで貰って来た絵本を拡《ひろ》げてお蘭の説明を訊くのであった。お蘭は仕事をしながら説明をしてやる。
「これなんだね」
「鉄道馬車」
「これなんだね」
「お勤め人、洋服を着て鞄《かばん》持って」
四郎はその絵姿をつくづく眺めていたが、やがて言った。
「おら、もうじき洋服を着るだよ」
お蘭は、これがただの四郎の空想だと思った。
「それはいいわね」
四郎は得意になった。
「おら唄《うた》うたって、踊《おど》りおどるだよ」
お蘭は少々|訝《いぶか》しく思えて来た。
「どこでよ、どうしてよ」
「そして、悧巧《りこう》になって、お蘭さ嫁に貰いに来るだよ」
お蘭はふと、近頃人の噂《うわさ》では四郎の人気につけ込んで興行師がこの白痴の少年に目をつけ出したということを思い出した。これは只事《ただごと》ではない。
「駄目《だめ》よ、駄目よ、四郎さん。そんなことしちゃ」
けれども四郎はいつもの通りにはお蘭のいうことを聴《き》き入れなかった。
「よっぽど悧巧にならなけりゃ、おらに、お蘭さ嫁に来めえ」
そういうと四郎はふいと立って出て行ってしまった。
洋服を着て派手《はで》な舞台《ぶたい》に立つことと嫁を貰う資格とを無理に結びつけて誰かがこの白痴の少年の心に深々と染み込ませたものらしい。
四郎がお蘭のところへ来なくなって、この白痴の少年が金モールの服をつけ曲馬の間に舞台に現れて、唄をうたい踊りを踊ったのち、真鍮《しんちゅう》の小判だの肖像入《しょうぞういり》の黄財布だのを福の縁起《えんぎ》だといって見物に売るという噂を耳にした、お蘭は立っても居てもいられなかった。片親の父に相談してみても物堅《ものがた》い老舖の老主人は、そんな赤の他人の白痴などに関《か》まっても仕方がないと言って諦《あ
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