るの。
 ――そうさ。
 ――そんな事言えば、いくらだってあるわ。私が他所《よそ》から独《ひと》りで帰って来る――すると時々パパがうちから出迎えてだまって肩を抑《おさ》えて眼をつぶって、そして開《あ》けた時の眼が泣いている。こんなことも?
 ――うん。
 逸作は一寸《ちょっと》面倒らしい顔をした。
 ――そう、そう、その事ね。私たった一度山路さんとこで話しちゃった。そしたら山路さんも奥さんも不思議そうな顔して、「何故《なぜ》でしょう」って言うの。「大方《おおかた》、独りで出つけない私が、よく車にも轢《ひ》かれず犬にも噛《か》まれず帰って来たって不憫《ふびん》がるのでしょう」って言ったら、物判《ものわか》りの好《よ》い夫婦でしょう。すっかり判ったような顔してらしったわ。「私のこと、対世間的なことになると逸作は何でも危《あぶ》ながります」って私言ったの。こんな事も抒情的なの。
 ――だろうな。
 逸作は自分に関することを、じかに言われるとじきにてれ[#「てれ」に傍点]る男だ。
 ――序《ついで》に私、山路さんとこでみんな言っちまった。世間で、私のことを「まあ御気丈《おきじょう》な、お独り子
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