にすきがあるかと隣家の戸口という戸口を四十男とたたいて歩き廻りました。がだめでした。
「お気の毒ですわね、横浜の国枝さんのお姑さんのお家の方ででもおありでしょうにね」
「ええ私はその横浜の国枝さんの姑の家の者なのですが」
花子夫人の口まねを四十男がすればするほど、花子夫人は男を信用し気の毒がりました。
花子夫人は黄い声になり大げさに梯子《はしご》の必要を前の家の左官のおかみさんに説き、中位なのを一つ借りて来て男に手伝わせ国枝さんの湯殿の上部の硝子《ガラス》窓に届かせ、少し腰弱そうな男のために梯子の下部まで押えてやり、硝子戸をうまくこじ開けさせて、男を家の中にいれてやりました。
三十分ばかり後、男は国枝さんの表玄関を内側からあけ、可成《かなり》な重味の見える風呂敷包みを持って現われました。男はあれほど世話になった花子夫人の玄関へ御礼の言葉一ついい掛けるでもなく、それこそ不敵な面構《つらがま》えをして、さっさと歩き去りました。男は東京の山の手を荒していた空巣《あきす》ねらいでした。
底本:「岡本かの子全集2」ちくま文庫、筑摩書房
1994(平成6)年2月24日第1刷発行
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