鸚鵡
(フランス)
福士孝次郎

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)中部《ちうぶ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|日《にち》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#始め二重括弧、1−2−54]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)だん/\
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    *

フランス中部《ちうぶ》の或《あ》る都市《まち》の
とあるお家《うち》の鳥籠《とりかご》に、

たつた一《ひ》と言《こと》口眞似《くちまね》の
出來《でき》る鸚鵡《あうむ》が飼《か》はれてた。

出來《でき》るといふのは他《ほか》でもない、
誰《た》れかゞ籠《かご》に近寄《ちかよ》ると、

すましかへつて大風《おほふう》に、
叱《しか》つていふのは次《つ》ぎのこと――

※[#始め二重括弧、1−2−54]誰《た》れだ、そこにゐるのは?
  誰《た》れだ…?※[#終わり二重括弧、1−2−55]

  *

ところで或《あ》る日《ひ》籠《かご》の扉《と》を
うつかり女中《ぢよちう》が開《あ》けたとき

得《え》たりと鸚鵡《あうむ》は逃《に》げ出《だ》して
早速《さつそく》庭《には》の木《き》にとまる。

呼《よ》んでも籠《かご》へは歸《かへ》らない、
傍《そば》まで行《ゆ》くと例《れい》の聲《こゑ》

※[#始め二重括弧、1−2−54]誰《た》れだ、そこにゐるのは?
  誰《た》れだ?…※[#終わり二重括弧、1−2−55]

    *

それから森《もり》へ飛《と》んでゆき、
櫻實《ゆずらうめ》なぞ啄《つつ》ついた。

森《もり》は胡桃《くるみ》が花盛《はなざか》り、
莓《いちご》は藪《やぶ》に熟《う》れてゐる。

天氣《てんき》はよいし、人《ひと》はゐず、
鸚鵡《あうむ》は愉快《ゆかい》でたまらない。

    *

さてこゝに一人《ひとり》の百姓《ひやくしやう》さん、
鐵砲《てつぽう》かりて獵《かり》に出《で》て、

森《もり》を朝《あさ》からさまよつて
見《み》つけたものはこの鸚鵡《あうむ》。

『ホウ!』と思《おも》はず喜《よろこ》んで、
銃《つゝ》とりあげて忍《しの》び足《あし》、

獲物《えもの》目《め》がけて近《ちか》よつて、
銃《つゝ》のねらひをつけかける。

すると鸚鵡《あうむ》は氣《き》がついて
例《れい》の言葉《ことば》を云《い》ひ出《だ》した

※[#始め二重括弧、1−2−54]誰《た》れだ、そこにゐるのは?
  誰《た》れだ?…※[#終わり二重括弧、1−2−55]

    *

呆《あ》つ氣《け》にとられて百姓《ひやくしやう》は、
聲《こゑ》する方《かた》を見《み》まもつた。

この百姓《ひやくしやう》はその日《ひ》まで
鸚鵡《あうむ》といふもの知《し》らなんだ

こんなに上手《じやうづ》にものをいふ
鳥《とり》に出《で》あつた試《ため》しなし

※[#始め二重括弧、1−2−54]誰《た》れだ、そこにゐるのは?
  誰《た》れだ?…※[#終わり二重括弧、1−2−55]

    *

そこで段々《だん/\》怖《こわ》くなり、
鐵砲《てつぽ》は手《て》からずり[#「ずり」に傍点]おとし、

帽子《ぼうし》をとつて丁寧《ていねい》に
お辭儀《じぎ》したあと言《い》ふことは、

『いや御免《ごめん》ください、わたくしは
貴方《あなた》を鳥《とり》だと思《おも》ひました。』

そして鐵砲《てつぽ》をひろひあげ
もと來《き》た路《みち》へと逃《に》げ出《だ》した。

鸚鵡《あうむ》はこれで大得意《だいとくい》、
一|日《にち》森《もり》をば飛《と》びまはる。
[#地から2字上げ](了《をはり》)



底本:「思い出の名作絵本 岡本帰一」河出書房新社
   2001(平成13)年8月30日初版発行
初出:「コドモノクニ」東京社
   1928(昭和3)年10月号
※底本では、作品名に続けて「[#ここから割り注]コレハ オカアサマニ ヨンデイタダイテ オボエテクダサイ[#ここで割り注終わり]」とある。
※著者名「福士孝次郎」は「福士幸次郎」の印刷ミスと思われる。
入力:川山隆
校正:土屋隆
2008年8月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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終わり
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