ノ、
幾團の花はもぎとられてしまひ、
殘りのものに何時知らず孕みし果《このみ》……
おお指折り數へよ、この可憐《いたいけ》な生のしるし、
心細くも青天井の空を葉越しに垣間見て、
今むかへるや無辜の石室《いはむろ》の囚人のやうに、
この華《はなや》かな七月の日を!
おお幼年の時から青春まで幾つのわたしの絶望、荒い心の傷、あの黒い吐血の追憶《おもひで》、
今この美しい空のもとに何事もなく、
すべては清けだち、晴れ晴れし、萬《よろづ》のもの賑かに、
木下《こした》の風はなかを無心に吹きめぐる……
さらにその微風に乘つてひびいて來る優しい羽音、
わが華奢な明るい戀人、黒と黄だんだらの尾の蜜蜂、
荒い自然の搖《ゆす》ぶりも、今は吾れには唯だ唄とのみなる……
[#地から1字上げ]8 ※[#ローマ数字4、1−13−24] 17
出發
私の生活は始まつた。
野中の二岐路《ふたまたみち》に咲く黄色の蒲公英《たんぽぽ》、
そこには吾が過去の脱衣所あり、
吾が裸足《はだし》の足を立つべき芝草の褥《しとね》あり、
季節は春、その朗らかな晝空に漂ふ白い雲、
この雲のため、ああこの雲のため、私は一生
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