#「てんで」に傍点]に積み上げた荷のうへに乘つかつて、村を離れて行くのが小さく見えたきりで、つひぞ人影らしいものはこの外見當らなかつた。
 弘前市もこれと大同小異で大村落を出てから漸く向うの山裾に見えはじめた屋根屋根の乏しい積み重なりが、わたしの氣分をなほなほ沈ませた。流石に停車場は地方での大驛なので、着車したときはこの汽車を利用して更に今一時間ばかり先きの距離の青森市に北行する乘客が、廣いプラツトフォームに溢れてゐた。雪はここでちらちら降りはじめた。

 わたし共は故郷の弘前へ來ても、ここから更に汽車を乘り替へて三里ばかり眞北《まきた》の友人の町に行くため、弘前驛で次ぎの汽車を待たねばならない。改札口を出て雪構《ゆきがこ》ひした通路を二た曲りばかり折れて、停車場の正面の入口に出る。雪構ひは地面から建物の廂まで丸太を組んで、これに菰を張つたものである。わたしはこれが故郷の町に來た正しい證據ででもあるかのやうに、立ちどまつてその高いてつ邊まで目をやつた。

 雪構ひの曲り角の所は外に出る通路になつてゐた。わたし等が其處を通つた時には、ボロ洋服の上に、犬の毛皮のチヤンチヤンコを着、汚れたコサツク帽をかぶつた逞しい男が、ラツパを持つてせかせか足踏みしてゐた。
 市内へゆく乘合の馬橇の馭者であらう。
「だいぶ待たなくちやならないんだネ。」
 とわたしは妻にいふ。
「どうして」
「だつて僕等の今の汽車が一時間ばかり延着したらう」
「ええ」
「赤帽に訊くと、そんな事で、此處の發車時間がすつかりゴチヤゴチヤになつたんださうだよ」
「へえ、さう」
 と妻は淋しさうに目をパチクリさせてゐる。
 今朝がた羽前と羽後の山間でわたし等の汽車は、大雪のため永いこと停車した。冬季休暇で歸郷する學生達は氣輕に車外に飛びだして、忽ちそこで雪達磨をこしらへた。乘合はした水兵の一團もこれに對抗して、同じやうな奴をこしらへた。そして卷莨《まきたばこ》をくはへさせたり、新聞を持たせたりした。あの停車は四十分あまりもあつたらう。
「困るわね。それではK――さんの家には何時頃着くことになるでせう」
 K――さんとは之れから別の汽車に乘替へてわたし等の訪ねてゆくことになつてゐる友人の名である。
「驛員に訊いて見るから、兎に角待合室のなかに這入らう」
 急行列車は大丈夫と思つてゐるのに、奧羽線では、今頃から急行列
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