衰へながらも燃え上り
………………………
力なくすれすれと
燃え上り……
又夢を見る

その中に
果もなく魂は
沙漠の雨に踏み迷ふ

  落葉 ――十一月

溢《あふ》れ動く感銘《かんめい》の惱《なや》ましい
雨の氣《き》とうす暗《やみ》と――

廂《ひさし》を振り落つる滴《しづく》の――
途切《とぎ》れては孕《はら》まれて
止むことのない點《てん》……點

暗い一日の生《せい》の終りに
とりとまりない嘆きの一節《ひとふし》を
泣き濡《ぬ》れた唇《くちびる》の慄《ふる》ふままに
歌聲は絶え沈む――
水の上

斷《た》ち切れぬ命の一筋に
亂れ降る霙《みぞれ》の闇《やみ》の扉《とびら》

今日もまた
塞《ふさ》がれた爐《ろ》を前に
風に追はれて散《ちら》された
牢獄《らうごく》と老年は暮れた!

  窓から ――十一月

死ぬるを忘れた青い鳥の羽《はね》
軟い光はガラス窓を廻《めぐ》り
閃《きらめ》く林の黄色《きいろ》い日

落した直覺《ちよくかく》の跡《あと》を微笑《ほほゑ》み
机の香《にほ》ひを嗅《か》いで、輕《かろ》く打つ時

羽《はね》擦《す》り合せる樹《き》の上の鳥!
歡喜《くわんき》のさとさで漁《あさ》るに速い
其の嘴《くちばし》を逸《そら》し給へ
貪婪《どんらん》な睡眠者《すゐみんじや》の樹身《じゆしん》の蟲!
温く軟《やはらか》い冬眠《とうみん》の歌
空から落ちた神話《しんわ》の巨人《きよじん》も
此の軟い歡喜を見たらうか

廻《まは》れ、廻れ、羽蟲《はむし》の群
透明な羽の香ふままに……
古い花にも似て空氣の光るのを
小歌《こうた》をあげて烟の立行くままに

  POE に獻ず ――十一月

[#天から4字下げ]Leave my loneliness unbroken!
[#地から2字上げ][#ここから横組み]“Raven”――E. A. Poe[#ここで横組み終わり]

密生林《みつせいりん》の眞白《ましろ》い閃《きら》めき
歩《あゆ》めば、歩むほど林の落葉を――
佇《たたず》みめぐる晝中《につちゆう》の思ひ……

一歩に一字の意味を探し
おち散る落葉の陰《かげ》にも瞳《ひとみ》を見出す時
晴れた十一月の空――
それにも優《まさ》る感情《かんじやう》の平明《へいめい》をおもふ

あはれこの詩は此處にも抱かれ
眞面目《まじめ》に色|褪《さ》めた墓原《はかはら》を過る時
嵐《あらし》のやうに渦卷《うづま》いた生涯《しやうがい》を
冷い眼《まなこ》で射返《いかへ》す――吾等!
『鴉《からす》』が翼を慄《ふるは》した Never more は
石に滲《にじ》む冬の日の涙
君の苦熱《くねつ》におくれた吾等は
晴れた雪を渡る風の音!

………………………
……空《むな》しく吾等は凍《こほ》り果て、た!

この慄《ふる》ひ動く唇《くちびる》から――
「ピストルで
此の腦髓《なうずゐ》を貫《つらぬ》いてくれ」
と言つた君の最後の詩《うた》を
封《ふう》ずる事を……

 記憶と沈默

[#天から4字下げ]おお神よ、汝は吾が愛を傷つけたまへり
[#地から2字上げ]ポオル・ヴエルレエヌ『智慧』

[#地から2字上げ]明治四十三年作

  南の海岸 ――一月

日向《ひなた》をふみ、蝋色の花をふみ

砂丘《さきう》
緑の海
みだれゆく日光の音の上を……
とろけて眼をつぶる
(光と、波の……)
もやもやとして白い
帆船《ほぶね》と海鳥《かいてう》
……………
搖れる光に波は織られ
線は重さなり、流れ、くづれあひ
(濃厚な光と、波の……)

浮び出てはおぼれながら暑い色を抹《なす》り[#「抹《なす》り」は底本では「※[#「てへん+未」、214−下−21]《なす》り」]
水平に流れ動く日光のあぶら
(發情期のあまあましいたはむれを――)
水は岩に胸打ち
のびちぢむ海藻《かいさう》――
(光と波の舐《な》めづりあひ、とろけあふ……)

岸にうちあげられた海藻
(日の熱にゆらゆらと
ひそんだ焔に
燃えるまに、ゆらゆらと燃えるまに!)
唸《うな》りめぐる臭氣《しうき》
ねばねばしい蠅のむらがりよ!

(岩を浸し、砂地にふくれる
濃厚な光と、波の……)
あどけない欲望は重なりあひ
くづれあふ――南の海岸

  記憶 ――一月

軒ランプもつかない場末の町を
暗い心で歩む……

片隅から――
かげのひかりは奧に浮き
暮れてゆく小川には家々のうごかない薄暗《うすやみ》

ところどころに橋があり
落葉した並木の
一列にかさなりつゞく梢
老い朽ちたやうな嘆息《ためいき》の消えがたく
暗い心でただ歩む……

  忙しい沈默 ――四月

混雜《こんざつ》した温かい日光《につくわう》
甃石《しきいし》の上に息《いき》吹《ふ》く
花粉のやうな塵埃《ぢんあい》の中
沈默した通行人は忙がしく
そして熱してすれ違ふ

窓から花のかざりがさがり
甃石の上をふむ群集の赤い影
褪色《たいしよく》したしかし芳《かんば》しい午前《ひるまへ》の香ひが
樺色のケツトのやうな刺激をつゝむ

折々電車の響はおどかして過ぎ去り
温く乾いた灰色の窓々は
音ある方に一心に瞳をあつめる

群集は舞踏でもする樣な足取《あしど》りで
赤く汗ばんだ顏をして
日向《ひなた》と日陰《ひかげ》をみだれ歩く

しかし弱々《よわよわ》しく晴れて
塵埃《ぢんあい》の多い空
いろいろな群集の帽子にこみあつて
温い刺激がふくれる

  薄白いともしび ――八月十日

蝋燭をとぼしなさい
ふかい影が落つる
焔《ほのほ》の下に
その私の指にふれてゆく
壁の下に
か弱い幻影《まぼろし》が眠つてゐる
私はあの日から室内を歩み
たどたどしい思ひを讀みながら
暗い廊下を眠りながらゆく

その眠りになやましい
指のあと
虚《うつろ》な窓に吸はれてゆく
一と時の薄白さ

  冬 ――九月二十五日

かざりない生活の
町の街燈《がいとう》――
微笑しながら涙をふいて町の街燈
降りそそぐ柳の霙《みぞれ》は
絶間《たえま》なく甃石《しきいし》に咳《しはぶ》けり

行交《ゆきか》ふ人影は下に降《ふ》りこめられて
暮れてゆく一と筋の水のひかり
とある街燈の油壺《あぶらつぼ》には灰色な波の
薄明かり……

斯うしてつぶやく夜《よる》が來た
薄ら寒い壁の感觸《てざはり》に
油の焔は河口《かはぐち》のガス燈のやうに

降りそそぐ柳の霙は
河口の波にふるへる
薄ガラスの家守《やもり》の腹は
銀の陰影《いんえい》に吸ひついてゐる

  安息日の晩れがた ――十一月十八日

古い蝋《らふ》の火のくすぼるるかなしさ
あはれ、あはれ尼達《あまたち》の合唱《コーラス》のかなしさ
安息日《あんそくじつ》の晩《く》れ方《がた》に薄ぐろい銀の錆《さび》をしみじみと
泣いてすぎゆく鐘の音《ね》
雪降りの窓のたよりない薄明り

過ぎた日の思ひ出には火を灯《とも》し
暴風が梢《しん》をわたる森の胸をひらき
懴悔《ざんげ》の鳩尾《みぞおち》に涙をとかして
この葬禮《さうれい》の夜を過《すご》させたまへ

鐘は風と一緒に鳴り、薄明りの窓のほとり
暮れよ、暮れよと尼達の暗い森の合唱《コーラス》

  娼女 ――十一月十八日

千夜萬夜《せんやまんや》の燈明《あかり》の街《まち》に
咲いてものがなしい月のダリヤ

生《なま》な眼色《めいろ》は燐火《フオスフオラス》を吸ふ青びかり
肌着の緋襦袢《ひじゆばん》にぬくぬくと、うづめる※[#「ぼう+臣+頁」、第4水準2−92−28]《おとがひ》の心細さ悲しさ
ガスはかがやくとも
座敷の夢はとほく曇り
白粉《おしろい》にとかされた涙にぞ青白いガスマントルの疲れやう、廓暮《くるわぐら》しの疲れやう
赤い唇《くちびる》に寐息《ねいき》を吸ふ月のダリヤ
赤い唇に寐息を吸ふ月のダリヤ

人足《ひとあし》くらい江戸町《えどまち》に
月のダリヤのメランコリイ

 心

[#ここから3字下げ、折り返して4字下げ、19字詰め]
グレエゲルス 君のいふのが本當で僕のいふのが嘘なら、人生は生きてる價値がない
レルリング なあに人生は至極らくになるさ、たつた一つあの難物の借金取りさへ追つ拂へたらね、始終僕等貧乏人をはたつて苦しめる理想の要求といふやつを
グレエゲルス (前方を直視して)そのことでは僕はうれしい氣がする、自分の運命が何であるかと思ふと
レルリング 失敬――その君の運命といふのは?
グレエゲルス (去らんとして)テーブルの十三番目だ
レルリング へん、くだらない
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]ヘンリツク・イブセン『鴨』

[#地から2字上げ]明治四十五年――大正元年

  心 ――一月二十五日

(大困難に逢つた時私の胸はをどる……
かなしいかな私の心は
喜びを封ずる佛《ほとけ》の火
燃えてひらくことなき灰《はひ》の像、胸の錠《ぢやう》――
鎖《くさり》はながく苦をつづり、薄暗にたれさがる鎖
目に見えぬ精靈《せいれい》のあやしさに
さけぶは苦痛の日陰《ひかげ》の鳥……)
(たえて喜びに胸ひらくことなく――
併しながら感謝します、貴方がポオを私のために得て、喜んで下さつたことを!
日陰《ひかげ》の鳥は『鴉《からす》』ですよ
ゴオホには底まで靜かに思ふ魂がある!
ポオには底まで沈む惡魔がある!
ああ誰かないでせうか、底の底まで憂鬱に胸をひらくその兄弟――
叫ばず、嘆かず、落ちてゆく兄弟!)
[#地から1字上げ]Poe の Tales を贈つてくれたS――へ

  音樂師 ――一月二十五日

林は陰《かげ》つくる程枝しげり、葉は息《いき》づき――
小鳥は太陽の下に吾が影法師を走らす

蟻はその明暗《めいあん》に、草の香ひに白い妄像《まうざう》をゑがきながら
雀の卵をかたい光る城だとまどろみながらゆく

うつつに絹の鋭どい夢を追ひまはして
世界は暗闇《やみ》だと――そして光明だと指は鍵盤《けんばん》を走る……

  幻覺の月夜 ――一月二十五日

ここに輝く月の世界
青い樹陰《こかげ》にもの憂い光り

過越《すぎこ》し方に唯だひとつ叫ぶは風の林の枝
死は唯だひとつ
沈默の――
月はひろびろと青い猫
夜《よる》は叫ぶや風の林

  幽靈 ――二月八日

がらんどうな心に
青白い口火は忍びやかに燃え
雪明りの中を吸はれるやうに
臆《おく》した狼はゆく

果《はて》しない沼は氷に陰くらく
脈うつ影法師は
永遠の嘆きをさまよひあるく

やがては口火も消える時
果《はて》しない沼は幽靈の柩《ひつぎ》の堂
氷の寺院――
底なき水におぼれ沈む

  FANTASIA ――二月

船腹《ふなばら》に――
足駄の齒鳴る古橋《ふるはし》を
今はうつつに波まくら――
單調に盲人《めくら》はおもふ
薄がはの銀の時計のチクタクと
船底《ふなぞこ》の水をかなしみ
水底《みづそこ》の魚のいのちは食慾の
魂《たま》をもとめる――

  墓標 ――二月

淺い地蟲《ぢむし》の亡《な》き骸《がら》に
櫻實《さくらんばう》が熟《う》れました

味氣《あぢき》ない世に葬禮《さうれい》の柝《き》を叩《たた》く
醉《よ》うた女房達《にようばうたち》が柝を叩く
淫《たは》れ心の紅眞珠《べにしんじゆ》――キスの音《おと》

おれは死を戀ひ
きやきやと月夜烏《つきよがらす》の齒が痛む、一《ひ》と夜《よさ》明《あ》けた醒めごころ
葉陰《はかげ》の水に醉ひ醒めて
刹那《せつな》刹那の涙を賣る

空耳《そらみみ》に鳴る拍子木《ひやうしぎ》やキスの音《おと》を
晝間の夢に聞き流して
餓《う》ゑる赤兒の泣き聲を
思ひ出しては耳すまし――
跫音《あしおと》、跫音

  洪水前の夜の REVERIE ――六月十三日

    ※[#ローマ数字1、1−13−21]

警鐘《けいしよう》が陰氣《いんき》に響いてくる
永遠の夜氣《やき》はその相間《あひま》にしんとした闇をたどり
檐《のき》の寢鳥《ねとり》はくくくと悲しさうに空氣をふるはせてなく
河口《かはぐち》、街角《まちかど》、工場の屋根
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