な笑つてるやうな死顏《しにがほ》を
夜長の眠られぬ夜ちらちら鏡へうつすのだ
霧雨《きりさめ》の空洞《ほらあな》に響きなき鏡
その鏡は三本の格子を滲《にじ》ましてぼんやりと天井に涙ぐむ
半睡の室内では蝋燭がちらちらと
遠い水音や葉摺れの憂愁や其の空中に消えて行く幾千年の沈默に
銀の影を薄く壁にそよがしてゐる
何處《どこ》かでは固《かた》パンをかじる鼠が練絹《ねりぎぬ》のカアテンにひそんで啜泣《すすりな》いてゐるだらう
或る温室では釣鐘草《つりがねさう》や葵《あふひ》や棕櫚《しゆろ》が頭《かぶり》を振つてゐるだらう
あらゆる時間は青ざめた歴史を編みながら雨中を押流されてゆくだらう
休止した時計の振子《ふりこ》は
永遠の底へ沈んでゆき
私の生命《いのち》は樽《たる》のやうに冷たい空洞《ほらあな》を流れてゆく
發車前 ――六月二十七日
低い空はぼんやりと街の灯《ひ》をうつして
薄月に小雨《こさめ》が降り出した
夜行列車の振鈴《ベル》は鳴り渡つて
一時に動《どよ》みはじめる群集の呼び聲
ああ私はどこへゆく?
ぞろぞろと改札口を出る群集
かすかな眩暈《めまひ》からふと目がさめて
私はベンチを離れた
ああ私はどこへゆく?
ただ一人うちしをれて歩むプラツトフオオム
鎖《とざ》した歎きは何時までもほどけず
ただ一人うちしをれて歩むプラツトフオオム
人混《ひとご》みにときめかぬ處女の胸
其の胸は病みおとろへた私の胸にある
其の悲哀《かなしみ》は時を打つ振子《ふりこ》のやうに
術《じゆつ》なげに力なく時を打つ振子のやうに
思ひ出しては鉦《かね》をならす
その追憶は病みおとろへた私の胸にある
ああ、あなたは今どこにゐる?
うすむらさきに吐息する白熱燈《アークライト》
あなたの微笑した顏はどこにある
人影がいり亂れる蒼青《まつさを》なプラツトフオオム
たよりない人生に
嘆息《ためいき》はほろびず
世にない人に
くちびるはふるへる
さびしくも唯だ一人どこへゆく?
薄月に小雨《こさめ》が降り出して
ほのあかるい夜の空
さびしくも唯だ一人どこへゆく?
一生 ――六月三十日
[#ここから4字下げ、15字詰め]
一といふ盲人《めくら》に、二といふ女盲人、悲しい生命《いのち》は其の間からうまれた
[#ここで字下げ終わり]
四番目の扉をひらいて
五番目の椅子へ座つた
六
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