下に吾が影法師を走らす
蟻はその明暗《めいあん》に、草の香ひに白い妄像《まうざう》をゑがきながら
雀の卵をかたい光る城だとまどろみながらゆく
うつつに絹の鋭どい夢を追ひまはして
世界は暗闇《やみ》だと――そして光明だと指は鍵盤《けんばん》を走る……
幻覺の月夜 ――一月二十五日
ここに輝く月の世界
青い樹陰《こかげ》にもの憂い光り
過越《すぎこ》し方に唯だひとつ叫ぶは風の林の枝
死は唯だひとつ
沈默の――
月はひろびろと青い猫
夜《よる》は叫ぶや風の林
幽靈 ――二月八日
がらんどうな心に
青白い口火は忍びやかに燃え
雪明りの中を吸はれるやうに
臆《おく》した狼はゆく
果《はて》しない沼は氷に陰くらく
脈うつ影法師は
永遠の嘆きをさまよひあるく
やがては口火も消える時
果《はて》しない沼は幽靈の柩《ひつぎ》の堂
氷の寺院――
底なき水におぼれ沈む
FANTASIA ――二月
船腹《ふなばら》に――
足駄の齒鳴る古橋《ふるはし》を
今はうつつに波まくら――
單調に盲人《めくら》はおもふ
薄がはの銀の時計のチクタクと
船底《ふなぞこ》の水をかなしみ
水底《みづそこ》の魚のいのちは食慾の
魂《たま》をもとめる――
墓標 ――二月
淺い地蟲《ぢむし》の亡《な》き骸《がら》に
櫻實《さくらんばう》が熟《う》れました
味氣《あぢき》ない世に葬禮《さうれい》の柝《き》を叩《たた》く
醉《よ》うた女房達《にようばうたち》が柝を叩く
淫《たは》れ心の紅眞珠《べにしんじゆ》――キスの音《おと》
おれは死を戀ひ
きやきやと月夜烏《つきよがらす》の齒が痛む、一《ひ》と夜《よさ》明《あ》けた醒めごころ
葉陰《はかげ》の水に醉ひ醒めて
刹那《せつな》刹那の涙を賣る
空耳《そらみみ》に鳴る拍子木《ひやうしぎ》やキスの音《おと》を
晝間の夢に聞き流して
餓《う》ゑる赤兒の泣き聲を
思ひ出しては耳すまし――
跫音《あしおと》、跫音
洪水前の夜の REVERIE ――六月十三日
※[#ローマ数字1、1−13−21]
警鐘《けいしよう》が陰氣《いんき》に響いてくる
永遠の夜氣《やき》はその相間《あひま》にしんとした闇をたどり
檐《のき》の寢鳥《ねとり》はくくくと悲しさうに空氣をふるはせてなく
河口《かはぐち》、街角《まちかど》、工場の屋根
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