やかになりて微笑み、少し苦情らしき調子にて。)あのわたしが待受けていましたのは、これまで幾度《いくたび》だか知れなかったのに、あなたは黙っていらっしゃったのですわ。それなのに、ひょんな時、出し抜けにこんな事を仰ゃるのですもの。(幕。)
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[#ここから割り注]家常茶飯附録[#ここで割り注終わり] 現代思想(対話)
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太陽記者。こん度|私共《わたしども》の方で出すようになりました、あの家常茶飯《かじょうちゃはん》の作者のライネル・マリア・リルケというのは、あれは余り評判を聞かない人のようですが、一体どんな人ですか。
森。そうですね。私も好《よ》くは知りません。誰《たれ》も好くは知りますまい。あなたが御存じのないのも御尤《ごもっとも》です。これまでの処《ところ》では、履歴も精《くわ》しくは公《おおやけ》にせられていないのですから。
記者。しかし少しは知れていましょう。何処《どこ》の人ですか。
森。ボヘミア人です。それだから、現に墺匈国《オオストリア》の臣民になっています。八つの橋をモルダウ河に渡して両岸《りょうがん》に跨《また》がっているプラハの都府で、幾百年かの旧慣に縛られている貴族の家《うち》に、千八百七十五年十二月の九日に生れたということです。それですから、今年の十二月で満三十三年になる。私なんぞよりはほとんど二十年も若い。倅《せがれ》に持っても好《い》いような男です。家《うち》はケルンテンに代々土着していたということです。詩の中《うち》で、「森のなかなる七つの城に、三枝《みえだ》に花を咲かせた」家《いえ》だといっています。思想も貴族的で、先祖自慢をする処が、ゴビノオやニイチェに似ていますよ。肖像を見ると、われわれ日本人に余り縁遠くない、細おもての容貌《ようぼう》で、眼光が炯々《けいけい》としているのです。そのくせおとなしい人だそうです。むしろ女性的《にょせいてき》だということです。エルレン・ケイとひどく相獲《あいえ》ていると見えますね。
記者。それでは交際が広いのですね。
森。ある意味では広いと見えます。同臭のものを尋ねて欧洲《おうしゅう》大陸を半分位は歩いていましょう。何でも親達《おやたち》は軍人にする積《つもり》で、十ばかりの奴《やつ》を掴《つか》まえてウィインの幼
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