)そうだろう。好くは分るまいな。己が無暗《むやみ》に饒舌《しゃべ》るから。しかし己はきのうの工合を自分の口でいって見て、その詞を自分の耳に聞いて見たいのだ。お前がそこで聴いていてくれなくても、己は一人で饒舌《しゃべ》りたい位なものだ。
モデル。(悲し気に。)それではわたしが承《うけたまわ》っていましても、お邪魔にだけは成りませんのね。
画家。なになに。(何か深く思うらしく。)そんな風に平和のままで相手の人間に近付くと、どの位の利益があるか分るかい。そういう時でなくっては、相手の人間の真実の処は分らないのだ。
モデル。真実の処ですって。
画家。そうさ。その人を買被《かいかぶ》ったり、見そこなったりしないで。
モデル。(何か物を思うらしく。)そうでこざいましょうとも。(詞急に。)そんな時にお感じになった事は間違いこはないと思っていらっしゃいますの。
画家。間違いこはないとも。きのう出し抜けに話合ったのを、お互に自然のように思うのと同じ事で、これから先一しょに生活して行く事をもお互に自然のように思うに違ない。
モデル。(驚《おどろき》を自《みずか》ら抑えて、詞急に。)そして、そのお嬢さんもあなたにすっかり身の上を打明けてお話しなさいましたの。
画家。うむ。跡になってすっかり話したのだ。初めに己が洗い浚《ざら》い饒舌《しゃべ》ってしまって、それから向うが話し出した。まるでずっと昔から知り合っている中《なか》のように、極親密に話したのだ。子供の時の事も聞いたし、双親《ふたおや》の事も聞いた。双親とも亡くなって、一人ぼっちなのだそうだ。あんな風になったのも、そのせいかも知れなかったよ。
モデル。あんな風と仰ゃるのは。
画家。不思議に打明けるようになったのが。
モデル。そのお嬢さんが一人ぼっちでいらっしゃったからだと仰ゃるのね。
画家。うむ。丁度己のように一人ぼっちでいたのだから。
モデル。あなたのようにですって。
画家。(微笑む。)そうさ。己のように一人ぼっちなんだ。ふん。お前のようにといっても好《い》いかも知れない。お前だって一体一人ぼっちなのだろう。
モデル。(無理に笑う。)わたしですか。わたしは随分お友達《ともだち》がございますわ。
画家。(娘の笑うのに、ほとんど気付かざる如《ごと》く。)ほんにあんな事があるという事をきのうより前に己にいうものがあったら、己だって信じはし
前へ 次へ
全41ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
リルケ ライネル・マリア の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング