すね。
姉。(弟の手を握りて、互に目を見交す。○間。)こんな事をいってぐずぐずしていてはおっ母さんが待遠《まちどお》に思うでしょう。
画家。それではロイトホルド君には逢わないで帰るのですね。
姉。そう。あんまり遅くなるからね。(間。)あの人は度々お前の処へ来ますの。
画家。なにあんな風で、交際|好《ずき》というわけではないでしょう。それだからめったには来ないが、今日は誘いに寄るといっていたのです。
姉。マルリンクの一|家《け》とも附合《つきあ》っていると見えるね。
画家。そうさね。マルリンク男爵の友人というよりは、息子のロルフの友人といった方が好い位でしょう。時代が違って男爵とは話が合いそうもないのですから。
姉。そうでしょうとも。この頃のように人の思想が早く変ることはないのだから。
画家。実にそうです。勿論《もちろん》青年社会の思想というのは。(戸を叩く音す。)はてな。ロイトホルド君かも知れない。お這入んなさい。ああ。そうだった。
医学士ロイトホルド。(登場。痩《や》せて背の高き男。)もうそろそろ出掛けても好いでしょう。(ゾフィイを見て、暫くは近眼《きんがん》のために、誰とも見分かず、忽《たちま》ちそれと知りて。)いや。失礼しました。ご機嫌よろしゅう。
姉。(医学士に進み近付き握手せんとす。)暫らくでございましたね。只今弟と、あなたなんぞは旧思想の人だろうか、新思想の人だろうかと、お噂《うわさ》をいたしていたのでございます。
学士。(ゾフィイと握手す。次に画家と握手し、鼻眼鏡《はなめがね》を外しつつ。)どっちでもありませんよ。強いてどっちかに入れなければならないとなりますれば、旧思想の方へ入れてお貰い申しましょう。わたくしなんぞの考《かんがえ》では、一体新思想というものが、もう纏《まとま》って出来ているかどうだか、も少し待って見なくては分らないと思うのですから。
姉。へえ。なぜでございましょう。
学士。わたくしの考では、破壊せられた旧思想が、随即《やがて》新思想だとは認められないように思うのですよ。
画家。それでも君も旧思想が取片付けられてしまうということだけは認めているのですね。
姉。そしてそれを取片付けるのが当然だということも認めていらっしゃるのでしょう。
学士。そうなると、一度にはちっと問題が大き過ぎますね。事によったら骨を折って旧思想を破壊するのも徒労では
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