気持さえ感じながら、美的装束をして街を濶歩《かっぽ》[#「濶歩」は底本では「※[#「さんずい+闊」]歩」]した詩人のことなど思い浮かべては歩いていた。汚れた手拭の上へ載せてみたりマントの上へあてがってみたりして色の反映を量《はか》ったり、またこんなことを思ったり、
 ――つまりはこの重さなんだな。――
 その重さこそ常《つね》づね尋ねあぐんでいたもので、疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さであるとか、思いあがった諧謔心《かいぎゃくしん》からそんな馬鹿げたことを考えてみたり――なにがさて私は幸福だったのだ。
 どこをどう歩いたのだろう、私が最後に立ったのは丸善の前だった。平常あんなに避けていた丸善がその時の私にはやすやすと入れるように思えた。
「今日は一《ひと》つ入ってみてやろう」そして私はずかずか入って行った。
 しかしどうしたことだろう、私の心を充たしていた幸福な感情はだんだん逃げていった。香水の壜にも煙管《きせる》にも私の心はのしかかってはゆかなかった。憂鬱が立て罩《こ》めて来る、私は歩き廻った疲労が出て来たのだと思った。私は画本の棚の前へ
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