そ」に「(ママ)」の注記]う云つてあなたはそれで堪忍出來るのですか。」と私は母に喰つてかゝつたのを覺えてゐる。私は不愉快で不愉快で堪らなかつたのだつた。
 そこへその本人が歸つて來た。顏を見ると悄げかへつてゐる。そして泣いたあとらしく頬がよごれてゐた。私はそのしよぼしよぼした姿を見ると可哀さうには思つたが、なほさら不愉快が増した。
 私が問ふと弟は話し話しまた涙をためた。――きいてゐる中にふと私はその話に少し嘘があるのを感じた。勝手のいゝ胡麻化しがある樣に思つた。
 その弟は常からよく勝手のいゝ嘘を云つた。私はそれがいやで堪らなかつた。
 ――私はその氣持には純粹に嘘を忌むといふ氣持もあるにはあつたらうが、それよりももつと私に應へるのは弟に私の戲畫《カリカチユア》を見せられることであつた。
 包まず云ふが、私自身はこれでかなりの嘘[#「嘘」に「(ママ)」の注記]言家なのである。そして虚榮家の素質も充分持つてゐる。私は自分の卑しい所、醜い所、弱い所をかくすためによく嘘を云つた。
 私は自分のこの性格が忌々しくてならないのである。
 その思ひ出したくない急所に、弟の淺墓な嘘が強く觸れる。そ
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