編輯後記(大正十五年九月號)
『青空』記事
梶井基次郎

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【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)さるすべり[#「さるすべり」に丸傍点]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)どぼーん/\と
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 同人の大部分が歸省中の編輯の任に當り、それを全うする積りであつたが、十七日に點呼があるので、殘務を中谷や外村や小林にあづけ十六日の朝東京を立つた。
 全くこの夏は暑かつた。平常は無爲な私も事務に追はれて、アスフアルトが弛んでゐるやうな街を歩いた。少し健康は害してゐたが、日によつてはその暑熱が私を街へ誘惑することもあつた。松住町から湯島臺へ上つて行く左手のバラツク屋根のなかゝら、茫然とした空に向つてへんにどぼーん/\と立つてゐる四五本の銀杏樹――それにははつきり誘惑された。そして私は赫々とした炎天の下で、烈しく鋭い精神を私の裡に感じたのである。
 靄の深い黎明の空氣のなかに蜩が鳴きはじめる時分自分はよく眼を醒して窓を明けた。まだ消えない電燈が靄のなかに霞んでゐる。露にたるんだ蜘蛛のいが物から
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