でいる男」を書いてゆこう。
 私の滞在はこの冬で二《ふ》た冬目であった。私は好んでこんな山間にやって来ているわけではなかった。私は早く都会へ帰りたい。帰りたいと思いながら二た冬もいてしまったのである。いつまで経っても私の「疲労」は私を解放しなかった。私が都会を想い浮かべるごとに私の「疲労」は絶望に満ちた街々を描き出す。それはいつになっても変改《へんかい》されない。そしてはじめ心に決めていた都会へ帰る日取りは夙《と》うの昔に過ぎ去ったまま、いまはその影も形もなくなっていたのである。私は日を浴びていても、否、日を浴びるときはことに、太陽を憎むことばかり考えていた。結局は私を生かさないであろう太陽。しかもうっとりとした生の幻影で私を瞞《だま》そうとする太陽。おお、私の太陽。私はだらしのない愛情のように太陽が癪《しゃく》に触った。裘《けごろも》のようなものは、反対に、緊迫衣《ストレート・ジヤケツト》のように私を圧迫した。狂人のような悶《もだ》えでそれを引き裂き、私を殺すであろう酷寒のなかの自由をひたすらに私は欲した。
 こうした感情は日光浴の際身体の受ける生理的な変化――旺《さか》んになって来
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