のように消えてしまうとまたあたりは寒い闇に包まれ、空腹した私が暗い情熱に溢れて道を踏んでいた。
「なんという苦い絶望した風景であろう。私は私の運命そのままの四囲のなかに歩いている。これは私の心そのままの姿であり、ここにいて私は日なたのなかで感じるようななんらの偽瞞をも感じない。私の神経は暗い行手に向かって張り切り、今や決然とした意志を感じる。なんというそれは気持のいいことだろう。定罰のような闇、膚を劈《さ》く酷寒。そのなかでこそ私の疲労は快く緊張し新しい戦慄を感じることができる。歩け。歩け。へたばるまで歩け」
私は残酷な調子で自分を鞭《むち》打った。歩け。歩け。歩き殺してしまえ。
その夜|晩《おそ》く私は半島の南端、港の船着場を前にして疲れ切った私の身体を立たせていた。私は酒を飲んでいた。しかし心は沈んだまますこしも酔っていなかった。
強い潮の香に混って、瀝青《チャン》や油の匂いが濃くそのあたりを立て罩《こ》めていた。もやい[#「もやい」に傍点]綱が船の寝息のようにきしり、それを眠りつかせるように、静かな波のぽちゃぽちゃと舷側を叩《たた》く音が、暗い水面にきこえていた。
「××
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