かかってゆくのであった。翳《かげ》ってしまった低地には、彼の棲んでいる家の投影さえ没してしまっている。それを見ると堯の心には墨汁のような悔恨やいらだたしさが拡がってゆくのだった。日向はわずかに低地を距《へだ》てた、灰色の洋風の木造家屋に駐《とどま》っていて、その時刻、それはなにか悲しげに、遠い地平へ落ちてゆく入日を眺めているかのように見えた。
 冬陽は郵便受のなかへまで射しこむ。路上のどんな小さな石粒も一つ一つ影を持っていて、見ていると、それがみな埃及《エジプト》のピラミッドのような巨大《コロッサール》な悲しみを浮かべている。――低地を距てた洋館には、その時刻、並んだ蒼桐《あおぎり》の幽霊のような影が写っていた。向日性を持った、もやし[#「もやし」に傍点]のように蒼白い堯の触手は、不知不識《しらずしらず》その灰色した木造家屋の方へ伸びて行って、そこに滲《にじ》み込んだ不思議な影の痕《あと》を撫でるのであった。彼は毎日それが消えてしまうまでの時間を空虚な心で窓を展いていた。
 展望の北隅を支えている樫《かし》の並樹は、ある日は、その鋼鉄のような弾性で撓《し》ない踊りながら、風を揺りおろし
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