たものに相違ない」
少女の面を絶えず漣※[#「さんずい+猗」、第3水準1−87−6]《さざなみ》のように起こっては消える微笑を眺めながら堯はそう思った。彼女が鼻をかむようにして拭きとっているのは何か。灰を落としたストーヴのように、そんなとき彼女の顔には一時鮮かな血がのぼった。
自身の疲労とともにだんだんいじらしさを増していくその娘の像を抱きながら、銀座では堯は自分の痰を吐くのに困った。まるでものを言うたび口から蛙が跳び出すグリムお伽噺《とぎばなし》の娘のように。
彼はそんなとき一人の男が痰を吐いたのを見たことがある。ふいに貧しい下駄が出て来てそれをすりつぶした。が、それは足が穿《は》いている下駄ではなかった。路傍に茣蓙《ござ》を敷いてブリキの独楽《こま》を売っている老人が、さすがに怒りを浮かべながら、その下駄を茣蓙の端のも一つの上へ重ねるところを彼は見たのである。
「見たか」そんな気持で堯は行き過ぎる人びとを振り返った。が、誰もそれを見た人はなさそうだった。老人の坐っているところは、それが往来の目に入るにはあまりに近すぎた。それでなくても老人の売っているブリキの独楽《こま》はもう
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