ど見る人の心に言い知れぬ深い感情を喚《よ》び起こすものはない。その変化を見極めようとする眼はいつもその尽きない生成と消滅のなかへ溺《おぼ》れ込んでしまい、ただそればかりを繰り返しているうちに、不思議な恐怖に似た感情がだんだん胸へ昂《たか》まって来る。その感情は喉《のど》を詰らせるようになって来、身体からは平衝の感じがだんだん失われて来、もしそんな状態が長く続けば、そのある極点から、自分の身体は奈落のようなもののなかへ落ちてゆくのではないかと思われる。それも花火に仕掛けられた紙人形のように、身体のあらゆる部分から力を失って。――
私の眼はだんだん雲との距離を絶して、そう言った感情のなかへ巻き込まれていった。そのとき私はふとある不思議な現象に眼をとめたのである。それは雲の湧いて出るところが、影になった杉山のすぐ上からではなく、そこからかなりの距《へだた》りを持ったところにあったことであった。そこへ来てはじめて薄《うっす》り見えはじめる。それから見る見る巨《おお》きな姿をあらわす。――
私は空のなかに見えない山のようなものがあるのではないかというような不思議な気持に捕えられた。そのとき私
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