わたしが帰って行ったらお祖母《ばあ》さんと三人で門で待ってはるの」姉がそんなことを言った。
「何やら家にいてられなんだわさ。着物を着かえてお母ちゃんを待っとろと言うたりしてなあ」
「お祖母《ばあ》さんがぼけ[#「ぼけ」に傍点]はったのはあれからでしたな」姉は声を少しひそませて意味の籠《こも》った眼を兄に向けた。
「それがあってからお祖母さんがちょっとぼけ[#「ぼけ」に傍点]みたいになりましてなあ。いつまで経ってもこれに(と言って姉を指し)よしやん[#「よしやん」に傍点]に済まん、よしやんに済まんと言いましてなあ」
「なんのお祖母さん、そんなことがあろうかさ、と言っているのに」
それからのお祖母さんは目に見えてぼけ[#「ぼけ」に傍点]ていって一年ほど経ってから死んだ。
峻《たかし》にはそのお祖母さんの運命がなにか惨酷な気がした。それが故郷ではなく、勝子のお守りでもする気で出かけて行った北|牟婁《ムロ》の山の中だっただけに、もう一つその感じは深かった。
峻が北|牟婁《ムロ》へ行ったのは、その事件の以前であった。お祖母さんは勝子の名前を、その当時もう女学校へ上っていたはずの信子の名と、
前へ
次へ
全41ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
梶井 基次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング