の前へ手を出す。男はためらっていたが思い切って手を出した。すると印度人は自分の手を引き込めて、観客の方を向き、その男の手振を醜く真似て見せ、首根っ子を縮めて、嘲笑《あざわら》って見せた。毒々しいものだった。男は印度人の方を見、自分の元いた席の方を見て、危な気に笑っている。なにかわけのありそうな笑い方だった。子供か女房かがいるのじゃないか。堪《たま》らない。と峻《たかし》は思った。
握手が失敬になり、印度人の悪ふざけはますます性がわるくなった。見物はそのたびに笑った。そして手品がはじまった。
紐《ひも》があったのは、切ってもつながっているという手品。金属の瓶《びん》があったのは、いくらでも水が出るという手品。――ごく詰まらない手品で、硝子《ガラス》の卓子《テーブル》の上のものは減っていった。まだ林檎《りんご》が残っていた。これは林檎を食って、食った林檎の切《きれ》が今度は火を吹いて口から出て来るというので、試しに例の男が食わされた。皮ごと食ったというので、これも笑われた。
峻はその箸にも棒にもかからないような笑い方を印度人がするたびに、何故《なぜ》あの男はなんとかしないのだろうと思っていた。そして彼自身かなり不愉快になっていた。
そのうちにふと、先ほどの花火が思い出されて来た。
「先ほどの花火はまだあがっているだろうか」そんなことを思った。
薄明りの平野のなかへ、星|水母《くらげ》ほどに光っては消える遠い市の花火。海と雲と平野のパノラマがいかにも美しいものに思えた。
「花は」
「Flora.」
たしかに「Flower.」とは言わなかった。
その子供といい、そのパノラマといい、どんな手品師も敵《かな》わないような立派な手品だったような気がした。
そんなことが彼の不愉快をだんだんと洗っていった。いつもの癖で、不愉快な場面を非人情に見る、――そうすると反対におもしろく見えて来る――その気持がもの[#「もの」に傍点]になりかけて来た。
下等な道化に独《ひと》りで腹を立てていた先ほどの自分が、ちょっと滑稽だったと彼は思った。
舞台の上では印度人が、看板画そっくりの雰囲気のなかで、口から盛んに火を吹いていた。それには怪しげな美しささえ見えた。
やっと済むと幕が下りた。
「ああおもしろかった」ちょっと嘘のような、とってつけたように勝子が言った。言い方がおもしろ
前へ
次へ
全21ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
梶井 基次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング