一種神秘な雰囲気を撒《ま》き散らすものだ。それは、よく廻つた独楽《こま》が完全な静止に澄むやうに、また、音楽の上手な演奏がきまつてなにかの幻覚を伴ふやうに、灼熱《しやくねつ》した生殖の幻覚させる後光のやうなものだ。それは人の心を撲《う》たずにはおかない、不思議な、生き生きとした、美しさだ。
 しかし、昨日、一昨日、俺の心をひどく陰気にしたものもそれなのだ。俺にはその美しさがなにか信じられないもののやうな気がした。俺は反対に不安になり、憂欝になり、空虚な気持になつた。しかし、俺はいまやつとわかつた。
 お前、この爛漫と咲き乱れてゐる桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まつてゐると想像して見るがいい。何が俺をそんなに不安にしてゐたかがお前には納得が行くだらう。
 馬のやうな屍体、犬猫のやうな屍体、そして人間のやうな屍体、屍体はみな腐爛して蛆《うじ》が湧き、堪らなく臭い。それでゐて水晶のやうな液をたらたらとたらしてゐる。桜の根は貪婪《どんらん》な蛸《たこ》のやうに、それを抱きかかへ、いそぎんちやくの食糸のやうな毛根を聚《あつ》めて、その液体を吸つてゐる。
 何があんな花弁を作り、何があんな蕋《ずゐ
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