桜の樹の下には
梶井基次郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)選《よ》りに選つて

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)安全|剃刀《かみそり》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から2字上げ](昭和三年十二月)
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 桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!
 これは信じていいことなんだよ。何故つて、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことぢやないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だつた。しかしいま、やつとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる。これは信じていいことだ。

 どうして俺が毎晩家へ帰つて来る道で、俺の部屋の数ある道具のうちの、選《よ》りに選つてちつぽけな薄つぺらいもの、安全|剃刀《かみそり》の刃なんぞが、千里眼のやうに思ひ浮んで来るのか――お前はそれがわからないと云つたが――そして俺にもやはりそれがわからないのだが――それもこれもやつぱり同じやうなことにちがひない。

 一体どんな樹の花でも、所謂《いはゆる》真つ盛りといふ状態に達すると、あたりの空気のなかへ
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