海 断片
梶井基次郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)朽葉《くちば》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)数|浬《カイリ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)えびす[#「えびす」に傍点]三郎に似ている
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……らすほどそのなかから赤や青や朽葉《くちば》の色が湧いて来る。今にもその岸にある温泉や港町がメダイヨンのなかに彫り込まれた風景のように見えて来るのじゃないかと思うくらいだ。海の静かさは山から来る。町の後ろの山へ廻った陽がその影を徐々に海へ拡げてゆく。町も磯も今は休息のなかにある。その色はだんだん遠く海を染め分けてゆく。沖へ出てゆく漁船がその影の領分のなかから、日向のなかへ出て行くのをじっと待っているのも楽しみなものだ。オレンジの混った弱い日光がさっと船を漁師を染める。見ている自分もほーっと染まる。

「そんな病弱な、サナトリウム臭い風景なんて、俺は大嫌いなんだ」
「雲とともに変わって行く海の色を褒《ほ》めた人もある。海の上を行き来する雲を一日眺めているのもいいじゃないか。また僕は君が一度こんなことを言っ
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