に流れてゐる水が光のなかへ曝されようと、この神祕は解けないのだ。しかもこの美しさは壞されてしまふであらう。私は深い絶望を感じる。そして情熱はこの絶望にますます驅りたてられてゆく。どうしようと云ふのか。
そのうちに私は自分の運命をその音のなかへ感じるやうになつた。するとその情熱は戀愛に、絶望は死に、私はそのあこがれと惱みに耳を傾けてゐるやうに思へた。
どんな説明を私の心が試みても駄目であつたことがわかつた。その音はなにかの象徴として鳴つてゐたのだ。そして私は此頃それをますますはつきりと感じて來る。
第三話 斷片
藤はあなたの窓からも見える。私の窓から見える藤の花は溪向ふの高い木に咲いた。それを發見したのは此の間のことだつた。それは發見だつたのだ。たとへばあなたの窓から見えるのは庭に作つた藤棚の藤だ。それは咲くより前に蕾がさがり、その以前には若葉が花を豫告する。
ところが私の窓では、此の間の或る日ほんの不圖した拍子に、思ひがけないところに咲いてゐるのが見つかつたのだ。それは既に咲いてゐた。窓から毎日眺めてゐる風景のなかに既に起つてゐた現象を、私がそのときまで氣がつかな
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