愛撫《あいぶ》
梶井基次郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)愛撫《あいぶ》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)早発性|痴呆《ちほう》に陥った天才
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 猫の耳というものはまことに可笑《おか》しなものである。薄べったくて、冷たくて、竹の子の皮のように、表には絨毛《じゆうもう》が生えていて、裏はピカピカしている。硬《かた》いような、柔らかいような、なんともいえない一種特別の物質である。私は子供のときから、猫の耳というと、一度「切符切り」でパチンとやってみたくて堪《たま》らなかった。これは残酷な空想だろうか? 
 否。まったく猫の耳の持っている一種不可思議な示唆《しさ》力によるのである。私は、家へ来たある謹厳な客が、膝へあがって来た仔猫の耳を、話をしながら、しきりに抓《つね》っていた光景を忘れることができない。
 このような疑惑は思いの外に執念深いものである。「切符切り」でパチンとやるというような、児戯に類した空想も、思い切って行為に移さない限り、われわれのアンニュイのなかに、外観上の年齢を遙《はる》かにながく生き延びる。とっく
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