ないの。これはミュルの前足よ」
 彼女の答えは平然としていた。そして、この頃外国でこんなのが流行《はや》るというので、ミュルで作って見たのだというのである。あなたが作ったのかと、内心私は彼女の残酷さに舌を巻きながら尋ねて見ると、それは大学の医科の小使が作ってくれたというのである。私は医科の小使というものが、解剖のあとの死体の首を土に埋めて置いて髑髏《どくろ》を作り、学生と秘密の取引をするということを聞いていたので、非常に嫌な気になった。何もそんな奴に頼まなくたっていいじゃないか。そして女というものの、そんなことにかけての、無神経さや残酷さを、今|更《さら》のように憎み出した。しかしそれが外国で流行《はや》っているということについては、自分もなにかそんなことを、婦人雑誌か新聞かで読んでいたような気がした。――
 猫の手の化粧道具! 私は猫の前足を引っ張って来て、いつも独り笑いをしながら、その毛並を撫でてやる。彼が顔を洗う前足の横側には、毛脚の短い絨氈《じゆうたん》のような毛が密生していて、なるほど人間の化粧道具にもなりそうなのである。しかし私にはそれが何の役に立とう? 私はゴロッと仰向き
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