阿片喫煙者のように倦怠《けんたい》です」
 とK君は言いました。
 自分の姿が見えて来る。不思議はそればかりではない。だんだん姿があらわれて来るに随《したが》って、影の自分は彼自身の人格を持ちはじめ、それにつれてこちらの自分はだんだん気持が杳《はる》かになって、ある瞬間から月へ向かって、スースーッと昇って行く。それは気持で何物とも言えませんが、まあ魂とでも言うのでしょう。それが月から射し下ろして来る光線を溯《さかのぼ》って、それはなんとも言えぬ気持で、昇天してゆくのです。
 K君はここを話すとき、その瞳はじっと私の瞳に魅《みい》り非常に緊張した様子でした。そしてそこで何かを思いついたように、微笑でもってその緊張を弛《ゆる》めました。
「シラノが月へ行く方法を並べたてるところがありますね。これはその今一つの方法ですよ。でも、ジュール・ラフォルグの詩にあるように

[#天から2字下げ]哀れなるかな、イカルスが幾人も来ては落っこちる。

 私も何遍やってもおっこちるんですよ」
 そう言ってK君は笑いました。
 その奇異な初対面の夜から、私達は毎日訪ね合ったり、一緒に散歩したりするようになりま
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