はうっかりカッとなってしまって、
「もうそれ以上は言わん」
と屹《きっ》と相手を睨《にら》んだのだった。女は急にあっけにとられた顔をしていたが、吉田が慌《あわ》ててまた色を収めるのを見ると、それではぜひ近々教会へ来てくれと言って、さっき吉田がやってきた市場の方へ歩いて行った。吉田は、とにかく女の言うことはみな聞いたあとで温和《おとな》しく断わってやろうと思っていた自分が、思わず知らず最後まで追いつめられて、急に慌ててカッとなったのに自分ながら半分は可笑《おか》しさを感じないではいられなかったが、まだ日の光の新しい午前の往来で、自分がいかにも病人らしい悪い顔貌《がんぼう》をして歩いているということを思い知らされたあげく、あんな重苦しい目をしたかと思うと半分は腹立たしくなりながら、病室へ帰ると※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》、
「そんなに悪い顔色かなあ」
と、いきなり鏡を取り出して顔を見ながら寝台の上の母にその顛末《てんまつ》を訴えたのだった。すると吉田の母親は、
「なんのおまえばっかりかいな」
と言って自分も市営の公設市場へ行く道で何度もそんな目に会ったこと
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