っていた。そして吉田が自分に用事のあることを言ってそれを断わると、では吉田の住んでいる町をどこだと訊いて来るのだった。吉田はそれに対して「だいぶ南の方だ」と曖昧《あいまい》に言って、それを相手に教える意志のないことをその女にわからそうとしたのであるが、するとその女はすかさず「南の方のどこ、××町の方かそれとも○○町の方か」というふうに退引《のっぴ》きのならぬように聞いて来るので、吉田は自分のところの町名、それからその何丁目というようなことまで、だんだんに言っていかなければならなくなった。吉田はそんな女にちっとも嘘を言う気持はなかったので、そこまで自分の住所を打ち明かして来たのだったが、
「ほ、その二丁目の? 何番地?」
といよいよその最後まで同じ調子で追求して来たのを聞くと、吉田はにわかにぐっと癪《しゃく》にさわってしまった。それは吉田が「そこまで言ってしまってはまたどんな五月蝿《うるさ》いことになるかもしれない」ということを急に自覚したのにもよるが、それと同時にそこまで退引《のっぴ》きのならぬように追求して来る執拗な女の態度が急に重苦しい圧迫を吉田に感じさせたからだった。そして吉田
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