消散したり凝聚《ぎょうしゅう》したりしていた風景は、ある瞬間それが実に親しい風景だったかのように、またある瞬間は全く未知の風景のように見えはじめる。そしてある瞬間が過ぎた。――喬にはもう、どこまでが彼の想念であり、どこからが深夜の町であるのか、わからなかった。暗のなかの夾竹桃はそのまま彼の憂鬱であった。物陰の電燈に写し出されている土塀、暗と一つになっているその陰影。観念もまたそこで立体的な形をとっていた。
喬《たかし》は彼の心の風景をそこに指呼することができる、と思った。
二
どうして喬がそんなに夜更けて窓に起きているか、それは彼がそんな時刻まで寝られないからでもあった。寝るには余り暗い考えが彼を苦しめるからでもあった。彼は悪い病気を女から得て来ていた。
ずっと以前彼はこんな夢を見たことがあった。
――足が地脹《じば》れをしている。その上に、噛《か》んだ歯がた[#「がた」に傍点]のようなものが二列《ふたなら》びついている。脹れはだんだんひどくなって行った。それにつれてその痕《あと》はだんだん深く、まわりが大きくなって来た。
あるものはネエヴルの尻のようである。盛りあがっ
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