んなことが思われた。
 一方には闇のなかにきわだって明るく照らされた一つの窓が開いていた。そのなかには一人の禿顱《はげあたま》の老人が煙草盆を前にして客のような男と向かい合っているのが見えた。しばらくそこを見ていると、そこが階段の上り口になっているらしい部屋の隅から、日本髪に頭を結った女が飲みもののようなものを盆に載せながらあらわれて来た。するとその部屋と崖との間の空間がにわかに一揺れ揺れた。それは女の姿がその明るい電灯の光を突然|遮《さえぎ》ったためだった。女が坐って盆をすすめると客のような男がぺこぺこ頭を下げているのが見えた。
 石田はなにか芝居でも見ているような気でその窓を眺めていたが、彼の心には先の夜の青年の言った言葉が不知不識《しらずしらず》の間に浮かんでいた。――だんだん人の秘密を盗み見するという気持が意識されて来る。それから秘密のなかでもベッドシーンの秘密が捜したくなって来る。――
「あるいはそうかもしれない」と彼は思った。「しかし、今の自分の眼の前でそんな窓が開いていたら、自分はあの男のような欲情を感じるよりも、むしろもののあわれと言った感情をそのなかに感じるのではなか
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