》を、どれほどよろこんでいたかしれない。真冬の二月は頬白《ほおじろ》も目白《めじろ》も来てくれないので、朝はいつもかわらない雀《すずめ》の挨拶《あいさつ》と、夜は時おり二つ池へおりる、雁《がん》のさびしい声をきくばかりだった。
 去春は毎朝窓ちかくへ来て鳴いてくれたあの声、鶯は日中は遠く近くをゆきかえりして円転と嬌音をまろばした。あの友だちが一日もはやく来てくれるといいと思いながら、夜具の襟裏《えりうら》ふかく埋もれて、あれやこれやはてしなくする想像は、私にとっては一日中の楽境であり、愉快な空想の天国でもあり、起出《おきだ》してしまえば何にも貧しく乏しい身に、恵まれた理想郷でもある。
 私はふと、曩日《このあいだ》、初代綾之助の語るのを、ゆくりなく聴く機会のあったことを思いだした。寒い寒い晩に、寒風に吹かれながら久しぶりで見聞きする興味にひかれて、寒さに顫《ふる》えながら煙草《タバコ》のけむりと群衆のうごめくなかに隅《すみ》の方へ坐った。騒然たる四辺《あたり》を見ると、決して驕《おご》った心からではないが、あんまり群集の粗野なのに驚かされた。楽声を聴いて心を悦ばせるには、上品でなくては
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