ためか、お転婆《てんば》な、悪達者《わるだっしゃ》だともいわれ、莫蓮女《ばくれんおんな》のようにさえ評判された。美妙との関係がそうさせたのでもあるし、そんな、ゴシップ的ばかりでなしに、女流作家のなかでの人気ものにした。
二人の結婚は、誰が見ても、するのが当然のようになっていながら、おそろしく気にされていたが、錦子がその相談に郷国《くに》へ帰ると、すぐあとから美妙斎が追っかけていって、近くの旅館に宿をとって、嫁にもらって行きたいと切り出した。
美妙斎は居催促《いざいそく》でせがむし、錦子はなんでもやってくれという。めんくらった親たちや祖母は、やっと、一家が帰依《きえ》している学識のある僧侶《そうりょ》に相談して、町の人がその問題に興味をもちはじめたのを防いだが、相続人だから千円のお金を附けたということを、町では噂《うわさ》した。
新婚の夫妻となって、作並《さくなみ》温泉から帰って来たのは二十八年の暮も、大晦日《おおみそか》の三、四日前だった。
それと、前か後かわからないが、箪笥《たんす》二十円、ボンネット七十円、夜具ふとん八十円何がいくらと、八十銭のあしだ[#「あしだ」に傍点]まで書きならべて、新聞紙であまり書きたてるから、披露しないわけにはゆかない、これだけの品代金を、金で送ってくれと、錦子は生家に四百何十円かをせびった。
来客には派手な社会の者もあり、見られても恥かしくないようにしたい。今は離れの一室に籠《こも》っているが笑われたくないとか、山田家で立《たて》かえるとしても、悠暢《ゆうちょう》に遊ばせている金ではないとか、披露の式は都下の新聞紙にも掲載されるだろうから、その費用の領収証は取り揃えてお目にかけるというような下書きは、美妙が書いて渡した。
華やかな嵐《あらし》を捲起《まきおこ》したこの新夫婦、稲舟美妙の結合は、合作小説「峰の残月」をお土産《みやげ》にして喝采《かっさい》された。
しかしまた、別種の暴風雨《あらし》が、早くも家のなかに孕《はら》みだしていたのだ。
世間的に美妙が蟄伏《ちっぷく》していた時には、心ならずも彼女たちも矛《ほこ》を伏せていた、おかあさんとおばあさんは、美妙の復活を見ると、あの輝かしかった天才息子を、大切な孫を、嫁女《よめじょ》が奪ってしまって、しかも、肩をならべて文学者|面《づら》をするのが気にいらない。
「僕を可愛がっているんだから――」
と、美妙はとりなすが、美妙が大祖《たいそ》と称するところの、八十五歳の養祖母おます婆さんは、木乃伊《ミイラ》のごとき体から三途《さんず》の川の脱衣婆《おばあ》さんのような眼を光らせて、姑《しゅうとめ》およしお婆さんの頭越しに錦子を睨《にら》めつけた。
美妙の父吉雄が、およしの妹とずっと同棲していて、帰らないというのも、この大祖お婆さんがいるからだということを、錦子は嫌というほど悟らせられた。
だが、そうした女傑が、二人も鎮座することは、錦子も承知の上だった。その覚悟はしていたのだが、耐えられないのは、日本橋に出ている芸妓に、美妙の子供が出来かけている――ということだ。狭い家庭内で、三人の女に泥渦《どろうず》を捏《こ》ねかえさせないではおかなかったのだ。
錦子は半狂乱のようになった。そんな時期だったのだろう。錦子は墨田川へ身を投げようとした。――墨田川! それは、ふうちゃんが水をみつめていた、あの橋の上流だ。
結婚してたった四月、お金を無心にやられたのだともいうし、離縁されて帰されたのだともいい、体の悪いのを案じて出京した母親が、連れもどったのだともいわれているが、そのうちのどれにしても帰りにくかった古里《ふるさと》へ、錦子は帰らなければならなかったのだが、故郷にも待っている冷たい眼は、傷心の人を撫《なで》てはくれない。
憂鬱《ゆううつ》の半年、身をひきむしってしまいたいような日々を、人形を抱いて見たり投《ほう》りだしたり、小説を書けば、「五大堂」のように、没身《みなげ》心中を思ったりして、錦子はだんだんに労《つか》れていった。
事あれかしの世間は、我儘娘の末路、自由結婚、恋愛|三昧《ざんまい》の破綻《はたん》を呵責《かしゃく》なく責めて、美妙に捨《すて》られた稲舟は、美妙を呪《のろ》って小説「悪魔」を書いていると毒舌を弄《ろう》した。
錦子は、そうまでされても美妙をかば[#「かば」に傍点]った。そんなものは書いていないということを、紅葉の文芸欄といってもよい、『読売新聞』によって、「月にうたう懺悔《ざんげ》の一節《ひとふし》」を発表してもらったが、自分が悪かったということばかりいっている、しどろもどろの長歌みたいなものだった。
恋とはそうしたものか、そんな中でも、美妙へは消息していた。手紙では人目が煩《うる》さいので、書
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