んまつ》を語りますと、主人のいわれるには、思い当ることがあるというのです。そのお家《うち》は近江源氏佐々木《おうみげんじささき》家と共に、奥州へ下向《げこう》されたという古い家柄で、代々|阪上田村麿《さかのうえたむらまろ》将軍の旧跡地《きゅうせきち》に、郷神社《さとじんじゃ》の神官をしていらっしゃるとかで、当主より幾代か前の時、長く病《わず》らって、一間《ひとま》に籠《こも》ったまま足腰のきかなかったおばあさんが、ふと陰《かげ》をかくして、行方知れずになったということがあるというのです。そこで水の底で助けて帰されたことを、薬売りが咄《はな》しますと、主人も驚いたには違いありませんが、その御主人の言葉に「毎年《まいねん》秋祭りの前後に、はげしい山おろしが吹荒《ふきあ》れると、中妻のおばあさんが来たということを、里の者は何の訳か言いつたえている。春の祭りがすむころ吹くと、おばあさんが帰ったという。」ときいて、薬売りがぞっ[#「ぞっ」に傍点]としたのは、水の底にいたおばあさんが「私はこんなに遠くにいても、家《うち》のことや村のことは守っている。」と言ったのを覚えていたからなのでした。なんでもこの咄《はな》しはさほど古いことではないのでしょう、私《わたくし》はその村で、そのお家《うち》と近しくしている方からききました。そのお家《うち》の子供衆方《こどもしゅがた》の咄《はな》しでは、おばあさんの来るという日の夜に限って、山から狐が沢山に下りて、そのお宅の縁側は、土でざらざらになるのと、きっとその日は雨風で暴《あれ》るということです。
底本:「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日第1刷発行
底本の親本:「怪談会」柏舎書楼
1909(明治42)年発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2007年11月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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