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たまゆらに家を離れてわれひとり旅に出でむと思ふときあり
たたかへとあたへられたる運命かあきらめよてふ業因《ごういん》かこれ
うつくしき人のさだめに黒き影まつはるものかかなし女《おみな》は
そのことがいかに悲しき糸口と知らで手とりぬ夢のまどはし
まざまざとうつつのわれに立ちかへり命いとしむ青空のもと
しかはあれど思ひあまりて往《ゆ》きゆかばおのがゆくべき道あらむかな
何気なく書きつけし日の消息がかばかり今日のわれを責むるや
酔ざめの寂しき悔は知らざれど似たる心と告げまほしけれ
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こういう寂しい心境をうたった歌を読んで、その人がもうこの世にないということを考えると、人生、一路の旅の、果敢《はか》なさを思わずにはいられなかった。――『白孔雀』から――
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吉井さんにしても、※[#「火+華」、第3水準1−87−62]子《あきこ》さんにしても、人世の桎梏《しっこく》の道を切開《きりひら》いて、血みどろになってこられたかたたちだ、その人の心眼に何がうつったか? ただ、寂しい心情とのみはいいきれないものではなかったろうか。白蓮さんの感想には、書かれない文字や、行間に、言いたいものがいっぱいにある気がする。遠慮、遠慮、遠慮! 昔だったらわたしなど、下々《げげ》ものがこんなことを言ったら、慮外《りょがい》ものと、ポンとやられてしまうのであろうが、みんなが武子さんを愛《いと》しむ愛しみかたがわたしにはものたらない。こんな、生きた人間を、なんだって小さな枠《わく》に入れてしまうのだろう。
――いや、武子さんは、御自分のしていることがお好きなのでした。御満足だったのです。一番好きなことをしていたのです。
こういった中年男は、良致さんが大好きで、男は何をしても、細君はいとまめやかに、愛らしくという立場だから、失礼なことをいうのも仕方がない。どんな売女でももっている、女っぽさや、女の純なものがないの、けちんぼだの、勘定《かんじょう》が細かいのといった。わたしはそれに答えてはこういう。
武子さんは、「女」を見せることを、きらったのだ、誰にも見られたくなかったのだ。わざとする媚態《びたい》があるというが、それは、多くのものに、よろこばせたい優しみを、とる方がそうとりちがえたのではないか。算当《さんとう》が細かいというのは
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