一角を、ぶちこわしている気がして、不安に思いながら、あたしは父と母にも遠くなっていた。
 父は、不名誉な鉄管事件というものに連座した。父は手紙でもって言ってよこした。
 長く考えていた良いことを、ちょっとした短いみじかい分時にぶちこわしてしまった。間違った思慮は一分時で、悔いは終生だ、子供に済まない――
 あたしは、それを読んでやっぱり父だったと嬉しく思った。誰のことも、そのよってきた道程もいわない、すべてをみんな自分で背負おうとしているのに、あたしは父を見た。よし、あたしは、この後自分のゆるさぬ曲がったことを一分もすまい、潔癖すぎて困るほど清廉に生きて、父のあやまちは性分ではなく、弱さから負った過失だ。自己の罪として受けた心根を知るあたしだけが、銭を愛さず、事志とちがった父の汚名を、心だけで濯《すす》ごうと思いをかためた。
 で、読み、書くために自立しようとして来たそれまでの志望《こころざし》を曲げて、まず、人間修業から出直しすることにした。独立するまで、二度は帰るまいと立ち出た実家へ帰って、病をやしない、すこし快くなると釜石鉱山へ行った。そこで三年もすごせば勘当息子の帰参が叶うとい
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