となり部屋の女中も、若いものがお引けすぎに寄って来て、芝居の噂話をよろこんでして、お菓子を食べて帰ってからが我が世なのだった。権威のあった御愛妾さんも、御酒が飲めるほうで、毎晩部屋で晩酌のあとは、部屋女中から、あたしからきいた芝居の話をきくのを珍らしがって、夜中の仕事も聞かぬではないが、そんなに好きなら仕方がないと、大目に見てくれたりした。あたしは六円の月給をはじめて得て、三円を食費の足しに差引かれても、残るお金で毎朝小使いさんが下町へ買いものに出るのに頼んで、書籍を購うことが出来た。その時分『女鑑』だとか『大日本女学講義録』などが出て、学びたい餓えを、すこしばかりは満たしてくれた。
しかし、間もなく、あたしの胸は本痛みになり、隠していたが、ある日の正午ごろ、おくれた朝の仕事をおわって、身じまいにかかろうと、倒れそうな身を湯殿へはこび、風呂にはいるとだめになった。ここで倒れては大変と、拭うひまもなく衣服に身をくるんで、部屋までどうして帰ったか、壁ぎわに横になったまま、半ば意識を失って、死生の間を彷徨する日が十日もつづいた。幸いと、赤十字社の難波博士が主侯の診察に来られる定日《じょうび
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