、女も男も老人に見えたが、中年人だったのかもしれない――柔らかい袴《はかま》を穿《は》いて、黒い手|提《さ》げ袋をさげてはいってくると、座蒲団の上に突ったったまま、あんぽんたんを見てそういったのだった。
と、大女房《おおかめ》さんが、衣紋《えもん》をつきあげながら甘ったれて言ったのだ。あたいの娘だと――
あんぽんたんの憤懣《ふんまん》は、それっきり、ものを食べなくなってしまったのだが、大人《おとな》はそんな感情がわかるほど、しっとりとしていなかった。乾ききった人たちだった。
青黄ろい、横皺の多い、小さな体で、顔が、ばかに大きく長目な、背中をわざと丸くするような姿態《しな》をする、髪の毛が一本ならべて嘗《な》めたような、おおかめさんのお供をしてきた大番頭の細君は、御殿づとめをしたという、大家の女房さんたちのするような、ごらんじゃい言葉で、ねちねちとものをいって、その場をとりなすのだった。
「ほんとにおめえの娘なら、亭主の子じゃあねえな、おれんとこへよこしな、みっちり芸をしこんで――」
「芸者に売るんだろう。」
「まあまあ、何をおっしゃるやら、以前《いぜん》のようには、茂々《しげしげ》お目にかかれませぬに――」
そういう大番頭夫人の顔を、いつぞや、見世ものでみた、※[#「けものへん+非」、402−14]々《ひひ》のような顔だと、あんぽんたんは見ているうちに気味が悪くなった。
「しげしげお目にかかるんじゃあ、おらあ、生きてるより死んだ方がいい。」
「あんな、もう、憎《にく》て口を――」
大番頭夫人は口で憎がるが、おおかめさんは機嫌よくお杯口《ちょく》を重ねて、お酌をしたり、してもらったりしている。
「次の狂言には、何をやるのさ、お前さん。」
「八百屋の婆《ばば》あだよ。」
「まあね、さぞ、およろしかろうね。」
大番頭夫人は、小さな丸髷《まるまげ》とはつりあわない、四分玉の珊瑚珠《さんごじゅ》の金脚で、髷の根を掻《か》きながらいった。
「厭味《いやみ》な婆あにすりゃあいいんだから、よくなくってどうするんだ。手近に、そのままのがいるじゃあねえか。そっくりそのまま真似ときゃあ、すむんだ。」
ぼんやりと憤っているあんぽんたんの顔を見て、あごで[#「あごで」に傍点]、そら、そこにね、というふうにおおかめさんの方を、しゃくって示しながら、その男は上機嫌に笑った。もの言い
前へ
次へ
全11ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング