なことを言った。町ではのれん[#「のれん」に傍点]をはずす忙しい夕暮れかた、褄《つま》をとって、小路の角に祖母は時折|佇《たたず》んで、どこともなく眺めていた。祖母の箪笥《たんす》の引出しには、そっくり手のつかない、男ものの衣服が、したおびまで揃えてしまってあるのを、誰も気がつかないふりをするのだった。自分の死後の白小袖もちゃんと羽二重でつくってある人だった。見すぼらしくしてかえる年老いた息《こ》を心に描いていたものと見える。そんな時、あわれげな人が通ると、懐に入れて出た小金を、みんな、その人の掌にあけてやってしまうのだった。
忰《せがれ》虎太郎はあたしの父の若いおりの名で、祖母が老てからは実によく孝養した。
小りんさんは檀家頭《だんかがしら》なので、お寺へゆくと、和尚たちが心置きなく、
「御隠居さんはこの位までかな。」
と畳へ米《よね》という字を書くと、坊主は金がほしくなったので、ひとの葬式を待っていると笑ったが、八十八歳の三月、明治天皇銀婚の御祝いに、養老金を頂いて、感激して、みんなにお赤飯をふるまい、ずらりと並べて箸《はし》をとらせ、見ていて死ぬともしらずに死んでいった。
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