からさきに避けた。
「そらお父さんがはじめた、みんな退《ど》いておいでよ。」
 私はなんとなしに、父の仕事に興味をもった。よく傍《そば》にいた。父は顎《あご》であっちへいっていろと指し示した。私は室のそとから覗《のぞ》いていると、父は居合を――声もかけずに、すらりと座ったままぬくのを試している。二ふり三振り刀を振って、また惚《ほ》れぼれと見ている。みだれとか、焼刃の匂いとかいうものを教えてもらったのもそのころだ。
 私と父との静な問答がはじまる。
「お父さん剣術つかいがいい?」
「うん。」
「絵かきがいい?」
「うん。」
「なにが好《い》いの?」
「お父さんはな、八歳か九歳の時分手習師匠が大変可愛がってくれた。するとな、雷《かみなり》師匠といわれた手習のおしょさんの近所に国年《くにとし》という絵かきがいてな、絵を教えてくれて、これも大変可愛がった。その時分|東両国《むこうりょうごく》に、万八という料理《おちゃ》やがあって、書画の会があると亀田鵬斎《かめだほうさい》という書家《ひと》や有名な絵かきたちが来てな、俺《おれ》を弟子にしようとみんなが可愛がってくれた。その頃の人たちが、紙へかいてくれた絵話《えばなし》のような絵が沢山あったのを、祖父《おじいさん》が丹念にとっておいてくれたのだが、どうしてしまったかなあ。どっちかになっておけばよかったのを、祖母《おふくろ》が、商人《あきんど》がいいといって丁銀《ちょうぎん》という大問屋へ小僧にやられた。」
 それがな、といって父は私のおかっぱの頭に手をおいた。
「丁銀のおばあさんも八釜《やかま》しやで、灸《きゅう》が大好きだから、祖母《おふくろ》の気が合ってたんでやられたのだ。」
「では小僧さんでもお灸を据えられたの!」
 あたしは大きな父が痛ましかった。私とおなじように、やっぱりお灸を据えられたのかと――そして祖母がよくはなす、
「祖父が丸の内のお出入り屋敷へゆくと、向うから、薬包紙《やくたいし》のように日にやけた小僧が、白い歯をだしてニヤニヤ笑いながら来るので、よく見たら家の息子だった。」
と。
 父は色が黒くて菊石《あばた》があったから、この上黒く干しかためた小僧だったら、どんなに汚なかったろうと思った。
 ――父はよく言った。菊石という号をつけようと思ったが、渓石《けいせき》の方がよかろうと、なんとか葱《ねぎ》という人
前へ 次へ
全11ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング