日中か夕方に通った。蝙蝠《こうもり》が飛び出して、あっちこっちで長い竹棹《ものほしざお》を持ちだして騒ぐ黄昏《たそがれ》どきに、とぼとぼと、汚れた白木綿に鼠の描いてある長い旗を担《か》ついで、白い脚絆、菅笠《すげがさ》をかぶってゆく老人の姿は妙に陰気くさくいやだった。日中《ひなか》でも、
――いたずらものはいないかな……
という声をきくと、鼠でなくても、子供でも首をひっこめた。
この家の女姉妹は、なんとなく女子供がいじって見たかったと見えて、私の髪を結ばせてくれといった。宅《うち》ではあんまりよろこばなかったが、彼女たちは私の短かい毛をひっぱって、練油《ねりあぶら》と色元結でくくりつけるのを悦《よろこ》んだ――あたしは店さきに腰をかけて、足をブランブランさせたり、片っぽ飛ばした下駄を足さぐりしたりして、首だけ凝《じっ》と据えている。
青葉がもめ[#「もめ」に傍点]て、風がすっと通ってゆき、うすい埃《ほこ》りがたつと、しんとした正午近くは、「稗蒔《ひえま》き」が来る。苗売りが来る、金魚やがくる、風鈴やが来る。ほおずき売りが来る。汗ばんで来たなと思うころには、カタカタと音をさせて、定斎屋《じょさいや》がくる、甘酒売りがくる。虫売りがくる――定斎屋と甘酒やだけが真夏になればなるほど日中炎天をお練りでゆくが、その他は小かげをえらんで荷をおろす。丁度その家の隣りが堀越角次郎という、唐物問屋《とうぶつどんや》の荷蔵の裏になって、ずっと高い蔵つづきの日かげなので、稗蒔屋はのどかになたまめ煙管《キセル》をくわえ、風鈴屋はチロリン、チロリンと微風《そよかぜ》に客をよばせている。そんな時あたしのおたばこぼんが出来上ると、中に赤や青や金色の小さな瓢箪《ひょうたん》か、役者の写真の浮いている水玉のかんざしを、そこの姉妹が買ってさしてくれたり、腰にギヤマンの瓢箪をさげさせたりした。私のために大きな稗蒔きの鉢をかって、柴橋《しばばし》をかけさせたり、白鷺《しらさぎ》をおかせたり釣師の人形を水ぎわにおくために金魚も入れたり、白帆船をうかせたりしてくれた。
けれどあんぽんたんには親しめない家だった。店口より上へ、あがった事がなかったので、いつの間にか私の妹の、人なつこいお丸ちゃんが、代りに抱いたり、かかえられたりするようになった。
その家の右隣りの古板塀が、村上という漢方医者だった。その
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